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パールハーバーの授業
2012 / 08 / 15 ( Wed )
中学3年生の国語の教科書に猪口邦子「パールハーバーの授業」が載った。
平成5年から3年間だけで、その後は入れ替わった。


(以下要旨)

 それは小学校最後の年のことだった。ブラジルのサンパウロにあるアメリカンスクールに通っていた私は、社会科は世界史で、そのことが憂鬱だった。最後のページの人力車ときのこ雲が載っているところを暗記して、パールハーバーという見出しのページをめくるたびに、悲しい、腹ただしい、つまらない、いらだちとも違う気分になるのだった。
 私はただ一人の日本の子として、その授業に臨まなければならなかった。教科書は日本がいかに悪魔的な世界征服の野心と狂気で、平和なアメリカを驚愕させたか、野蛮で遅れた国民が自由と正義を体現した偉大なアメリカに対してこっけいな挑戦をしかけたこと、その野望は原爆によってくじかれたことなどが物語のようにつづられている。まさに善と悪の対決であり、世界の救世主と悪魔の落とし子の対峙する構図だった。
 1年も終わりに近づき、第一次世界大戦の話も終わってしまった。仮病をつかって、学校を休もうとしたが、母の作ったパンがゆを食べて、学校へ出かける気になる。
 授業で先生は、日本は資源が乏しい、発展するため外国から資源を輸入しなければならない、資源が乏しくても貿易によって発展する権利があること、欧米はアジアが発展することは許せないと思っていたこと、アメリカが参戦の契機をつかもうとしていたことなど、教科書と全く違うことを説明した。たった一人の生徒のために、その授業をやってくれた。
 戦争にはたくさんの原因がある。国と国との間の事件には複雑な背景がある。それを単一原因論に短絡させてしまうのは歴史に対する暴力だという。
 かつてないほど私はパールハーバーを恥じていた。しかし、日本非難の矢面に立たないことで済んだことに、私の子どもの部分は救われたのだった。そのとき、子どもとは呼べないもう一人の自分を発見する。その自分は国際関係の複雑な絡み合いを解明していく仕事、平和の追求にかかわる仕事を夢見ていた。
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