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「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」
2007 / 07 / 14 ( Sat )
046428.jpg

昨日放映されたドラマ「お母さん ぼくが生まれてごめんなさい」
自分で紹介しておきながら・・
観るか、どうしようか・・ぎりぎりまで考えていたけど、結局観ました。
(こういう番組は、当事者側はけっこう複雑な思いがあるので・・ね。)
案の定・・最初っから泣きっぱなしでしたわぁ~~!
だって小学生の弟とか・・夜3人で川の字で寝てると事とか・・
foohtaさん一家と状況的に同じ場面が多く、感情的にダブってしまうのですわ。


ドラマとしては素晴らしく、肢体不自由児の日常生活を全く知らない方々に少しでも理解してもらう、という点では大きな意味があったと思いますが・・

やっぱり~~!!
暗すぎるぅ~!悲しすぎるぅ~!

foohtaさんは、あらためて・・
お笑い系しょうがい児の母で歩むことを誓ったのでありましたぁ~!

でぇ~~!
昨日のドラマの中で紹介されたやっちゃんの詩には・・実は、続きがあります。
あそこで・・終わっては、あまりに悲しすぎますねぇ

またまた、長くなってしまいますが・・
あの詩にお母さんがやっちゃんにお返しの詩を書いて・・
そして、その詩に、また、やっちゃんがお母さんに返す形で完結部(?)の詩を書いています。

昨日のドラマは・・
養護学校教員でやっちゃんの担任であった向野幾世さんの著書
「お母さん ぼくが生まれてごめんなさい」(扶桑社)が原作です。
この著書の中から・・この詩が出来上がるまでのエピソードも含めて、
この詩の全編をご紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ごめんなさいね おかあさん」という題に行きつくまでの段階は、こんなふうにして、ことばを選んでいったのです。
「ごめんね おかあさん」これはいつものことばでしたから、これを題にしようかというと“ノーノー、いやだ”と舌をだします。それじゃ、男らしく「ごめんよ かあさん」これはどう? と言うと、またノーのサイン。こんどは上下を逆にして、「かあさんごめんよ」とやってみます。どうもピッタリこないんだなあっていうやっちゃんの顔。
 私の頭に浮かぶかぎりのことばの組み合わせの中から、やっと、やっちゃんが、ウインクでイエスのサインを出したのは、「ごめんなさいね おかあさん」でした。
 舌を出すことと、目をつぶること、そして全身の緊張という障害を使って、話をすることで、ことばノートの整理が始まったのです。
 年も明け、四月二十六日という、フォークコンサート開催日はどんどん近づいていました。
 やっちゃんの詩の初めの部分ができたとき、お母さんの京子さんにも見てもらいました。


  ごめんなさいね おかあさん
  ごめんなさいね おかあさん
  ぼくが生まれて ごめんなさい
  ぼくを背負う かあさんの
  細いうなじに ぼくはいう
  ぼくさえ 生まれなかったら
  かあさんの しらがもなかったろうね
  大きくなった このぼくを
  背負って歩く 悲しさも
  「かたわな子だね」とふりかえる
  つめたい視線に 泣くことも
  ぼくさえ 生まれなかったら


 読み終えてもお母さんは無言でした。ただ目がしらをおさえて、立ちつくしていました。
「やっちゃんが、これを……」とかすかに言われたように思います。そのせりあげる思いが私にも伝わってきました。
「わたしの息子よ」と呼びかけた京子さんの詩が私の手元に届いたのは、すぐ次の日のことです。こんどは私が立ちつくしました。


  私の息子よ ゆるしてね
  わたしのむすこよ ゆるしてね
  このかあさんを ゆるしておくれ
  お前が 脳性マヒと知ったとき
  ああごめんなさいと 泣きました
  いっぱいいっぱい 泣きました
  いつまでたっても 歩けない
  お前を背負って歩くとき
  肩にくいこむ重さより
  「歩きたかろうね」と 母心
  “重くはない”と聞いている
  あなたの心が せつなくて
  わたしの息子よ ありがとう
  ありがとう 息子よ
  あなたのすがたを見守って
  お母さんは 生きていく
  悲しいまでの がんばりと
  人をいたわるほほえみの
  その笑顔で 生きている
  脳性マヒの わが息子
  そこに あなたがいるかぎり


 このお母さんの心を受けとめるようにしてやっちゃんは、後半の詩づくりにまた挑みました。


  ありがとう おかあさん
  ありがとう おかあさん
  おかあさんが いるかぎり
  ぼくは生きていくのです


  脳性マヒを 生きていく
  やさしさこそが 大切で
  悲しさこそが 美しい
  そんな 人の生き方を
  教えてくれた おかあさん
  おかあさん
  あなたがそこに いるかぎり


 この詩をのこしてやっちゃんが、二カ月もたたずして亡くなろうとは。いまにして思えば、このとき母と子にながれた温かい思いが迫ってきます。短い生涯のいのちのたけを託したことば選びに、やっちゃんが冬のさなかに全身に汗をためて、反応したことも、思いの半分もことばにかえられなくて、いらだって泣いてしまったことも、胸に迫って思い出されます。
 やっちゃんにとって、「ありがとう おかあさん」と「ごめんなさいね おかあさん」は背中あわせのことばでもありました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(紀伊国屋書店サイトより)
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コメント
--長くなりました(ごめん!)--

私が好きなドイツのおはなしでこんなのがありました。
生まれる前の子供たちは天国で神様と一緒い暮らしています。
ある日子供は、神様から呼ばれて「そろそろお前は地上で生まれるんだよ」と告げられます。
そして天使の導きで、地上を見える窓から地上の様子を見ることができるのです。
子供はひとつの家の中で大きなおなかをした女性を見つけます。
その人を見て、子供は決めました。
「この人のところに生まれたい」そして神様にお願いするのです。

自分の子供は、この私を選んで生まれてくれたんだ、というこの話に何度も助けられました。

どの子もみんな、お母さんを選んできたって
すごく重くて、すごく嬉しいでしょう?

私はこの番組見れなかったのですが
テレビで障害者について取り上げるようになってきたのは良いこととして
それ以上に、子供たちが普通の生活として「あの子もこの子も自分と同じ」という感覚を持って欲しいと思います。
子供がそう思うということは親の感覚がそうであるということ。
かわいそうと憐れむのではなく、同じ人間なんだということ。

生まれる前に神様は
「きみは足が動かなくして生まれるよ」
「きみはこういう病気を持って生まれるよ」と
言ってくれるのではないでしょうか。
「それでもいいよ、それでもあのお母さんのところに生まれたい」と
自分を選んでくれたのではないでしょうか。
私はそう信じるのですが。







by: shiho * 2007/07/15 10:52 * URL [ 編集] | page top↑
----

♪shihoさん、素敵なストーリありがと~う!

こんな事かくと・・引かれちゃうかも知れないんだけど・・
以前、スピルチャー・カウンセリングで前世を見てもらったことがあったんだけど、
けいぼん兄ちゃんはすご~~く徳の高い魂の持ち主だそうで、前世で私の妻、私のことを影に日向に支え続けてくれた人。
今回、この世に生まれ出るときに、私の子どもとして、重度の障害を持って生まれてくる・・それは、私を大きく成長させる大きな使命を持った役割であること・・全部承知の上で進んでこの役を受けた・・と。

shihoさんが最後に書いてくれた事と同じ感じでしょ。

私・・スピルチャルの世界ってそんなに真剣に信じていたわけではなかったけれど、この話は、なんか凄くストンと落ちた。
けいぼん兄ちゃんが全てを受け入れ、至らない私を許しつづけてくれて、周りのみんなにあったかぁ~な気持ちを与えつづけてくれている・・その大き~く包み込まれるような徳の高い魂。
けいぼんが愛おしくて愛おしくて・・帰ってきてチュッチュしちゃいました。

でもでも・・あきぼんだって、同じ使命を持って生まれてきているのよね。(使命って言っちゃうと・・チョッと違うかもしれないけど・・)
今世で親子という縁でつながって、お互いにお互いを成長させながら絆を深めて、また来世につながっていく・・
もっと、あきぼんともチャンと向き合って、受け止めてあげなくちゃいけないなぁ~・・と思うのであります。
by: foohta * 2007/07/18 14:09 * URL [ 編集] | page top↑
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